ワイン地図・ラツィオ州 ラツィオ州ワインMap
チルチェオ他DOC

ラツィオ州

は、イタリア中西部、ティレニア海沿岸に面し、東部にはアペニン山脈が走るこの州は、ローマ文化発祥の地であり、古代ローマ帝国の中心地。キリスト教総本山・ヴァチカンを抱え、歴史と伝統を誇るローマが州都でありイタリアの首都である。
ローマは、イタリアの政治・経済の中心であり、「すべての道はローマに通じる」の言葉通り交通網の中心である。現在もなお人々の暮らしとともに生きている永遠の都でもある。ヴァチカンはもとより、世界中から多くの観光客が訪れる観光のメッカである事は言を待たないであろう。

ラツィオ州は、山岳地帯が26%、丘陵地帯が54%、平野部が20%で、イタリアでは比較的なだらかな地形。温暖な気候で葡萄栽培には格好な環境にある。ローマを取り囲むように拡がる丘陵地帯は、緑豊かで小麦畑と牧畜、斜面を利用して葡萄とオリーヴが栽培されている。

DOC(G)ワインの生産は5%強で、20州の9番目で、ワイン生産も決して少ない方ではないのだが、ワイン産地としてのアピール度は、日本では高いとは言えない。それは、白ワインが多いことと、DOCGワインが近年昇格したものだからであろう。
しかし、長い歴史を持つ銘酒が2つある。一つは、詩人ゲーテが「楽園にいるようだ」とその酔い心地を讃えた「フラスカーティ」。他の一つは、命名に歴史的エピソードを秘めた「エスト!エスト!!エスト!!!ディ・モンテフィアスコーネ」。

著名なDOCワインの詳細情報は、このページに記したが、それ以外は「その他のDOC」として別ページにした。地図上からも辿れます。

*<Cesanese del Piglio>(チェサネーゼ・デル・ピーリオ) は、2008年にDOCGに昇格した。
Frascati Superiore>(フラスカーティ・スペリオーレ)と、
Cannellino di Frascati>(カンネッリーノ・ディ・フラスカーティ) は、2011年にDOCGに昇格した。

 

ヴァチカン (Vatican)

ローマ教皇は、イエス・キリストの代理人として、西欧世界に2000年に渡って君臨してきた。
長い歴史の中で、様々な国の時の世俗的権力者と、ある時は和しある時は対立して、その権力を発揮して来た。今日でも世界のカソリック教徒に大きな影響力を持つ精神的権威者である。そのカソリック教会の最高機関・教皇庁を取り巻く組織形態は今日ではかなり姿を変えてきている。
Basillica di San Pietro

国家としてのヴァチカンの正式名称は「State of the City of Vatican(ヴァチカン市国)」である。つまり、教皇庁(約10億6千万人とも言われる信者を擁するカトリック教会の最高機関)とは別の、国際的な公法を持つ独立した機関である。そして、その国家元首は教皇である。
従って、外交的には諸外国にヴァチカン市国を代表する任務をもっている。
立法、司法、行政の三権も教皇に帰属しているが、実際的には、国家運営に関する立法権、行政権は教皇が指名する枢機卿による委員会(任期5年)を通して行使されている。
この委員会は教皇の「特別代理人・国務長官」の枢機卿に補佐されていて、この「特別代理人」は教皇の代理を務め、国家元首としての俗権とそれに伴う責任とを担う重要な任務を教皇から委任されている。
司法権も実際には枢機卿で構成される法務官によって行使されている。また、国家財政の予算・決算を承認するのも教皇の任務である。

ヴァチカン市国の面積は0.44平方キロメートル(皇居の3分の1程度)。人口は802人(2007年現在)。公用語は現在でもラテン語。商工業活動は禁じられ、個人資産も無い。通貨はヴァチカン通貨があり、イタリア通貨と共に、ヴァチカン市国でもイタリアでも通用する。切手も発行しているがヴァチカン市国で投函するものにしか通用しない。警備にスイス人近衛兵が当たっているが、軍隊と言う程のものではない。

 

Est! Est!! Est!!! di Montefiascone (エスト・エスト・エスト・ディ・モンテフィアスコーネ)

Montefiascone
おそらく、このワインは世界で最も興味深い名前のワインだろう。
この名前にまつわる話は、8世紀、当時のドイツ皇帝エンリコ5世の時代の従者の話である。
ワイン好きの司教、ジョヴァンニ・デフクがローマ法王に会うために旅立った。途中おいしいワインのある宿を見つけたら、扉に「EST(ある)」と書くよう従者に命じ、先行させた。
従者は、モンテフィアスコーネの宿の扉に、「EST(ある)」を三回書いてしまった。これが、このワインの名前の始まりである。
司教はここで死ぬまでこのワインを飲んだと伝えられている。実際に、この地が気に入り、ここで人生を終えたと言う記録もある。

今日の「エスト!エスト!!エスト!!!」は、ボルセーナ湖周辺の丘陵地とヴィテルヴィオを中心に造られている。火山灰土壌で、トレッビアーノ種とマルヴァジア種主体で造られるこのワインは、明るい麦藁色で、さわやかな調和の取れた<辛口白>。薄甘口、中甘口、スプマンテもある。

  • 生産量:320万本
  • 主生産者:Italo Mazziotti(イタロ・マッツィオッティ)、Falesco(ファレスコ)
    Trappolini(トラッポリーニ)

 

Frascati (フラスカーティ)

ローマ周辺では最も知られるワインで、生産量も多くその歴史も古い。古代ローマ時代から銘酒として知られていた。古代ギリシャのピュロス王の使節が送られた時に、既にローマ周辺のアルバーニ丘陵で造られていた。
アウグスト帝の時代にローマのワイン造りは発展し、十数種類のワインが商業化されていたが、「フラスカーティ」もその一つだった。その後、ローマ帝国は衰亡、戦乱の時代に葡萄畑は荒れ果てた。
かろうじて教会や修道院で守られた苗によって、中世に復活、16世紀の法王パオロ3世は、このワインを愛飲したと言われている。
1800年代から1900年代の初めにかけて苗は棚式に植え替えられた。1923年、イギリス王の妻マリアは、このワインを好み、城内での儀式には必ず用いたという。今日でも、ローマの繁華街、トラステベレの祭りの際には、各オステリアでこのワインがサービスされる。

今日の「フラスカーティ」は、イタリアの<白>としては、ソアーヴェやオルヴィエート同様、早飲みワインとして知られているが、<スペリオーレ>など一部のワインには、しつかりとしたワインもある。
トレッビアーノ・トスカーノ種(65%)、マルヴァジア種(20%)、ロゼット[トレッビアーノ・ジャッロ] 種(15%)で造る。
輝くような麦藁色で、甘口のものは琥珀色に近いものもある。上品で個性的な葡萄の香りを含み、辛口は酸がしっかりしており、甘口はまろやかで滑らかな味わいである。
アマビレ(中甘口)、カンネツリーノ(甘口)、ドルチェ(甘口)の他、ノヴエッロ(新酒)、スプマンテもある。

このFrascatiの<Superiore>(スペリオーレ)と、 <Cannellino di Frascati>(カンネッリーノ・ディ・フラスカーティ) は、2011年にDOCGに昇格した。
Cannellino di Frascati>は、かつては陰干しして糖度を高めてから搾汁していたが、現在では濃縮果汁のモスト・コンチェンラートを添加し造る甘口白ワイン。

  • 生産量:1,700万本
  • 主生産者:Fontana Candida(フォンターナ・カンディダ)、Villa Simono(ヴィッラ・シモーネ)
    Bagnoli(バニョーリ)、Costantini(コンタンティニ)

 

Marino (マリーノ)

カステルガンドルフォ周辺で造られるDOC・「マリーノ」は、古くからフラスカティと並んでローマ人に愛された<白>。今日の「マリーノ」はマルヴァジア種主体でトレッビアーノ種を加えて造られる。
薄めから濃いめまでの麦藁色で、ブドウ果実やリンゴ、アンズの香りを含み、辛口、中甘口、甘口がある。 辛口は上品で後口に苦味を残し、多くの料理に合わせることができる。
アルコールが11.5%を超えるものは<スペリオーレ>と記載できる。スプマンテもある。

  • 生産量:1,000万本
  • 主生産者:Gotto d'Oro(ゴット・ドーロ)、Brannetti(ブランネッティ)、Di Mauro(ディ・マウロ)
    C.S.C.Marino(C.S.C.マリーノ)

 

Colli Albani (コッリ・アルバーニ)

産地は、ローマ県のアルバーノ、アリッチャ、カステルガンドルフォを中心とする。トレッビアーノ種、マルヴアジア種主体で造られる<白>。
黄色から淡い麦藁色、繊細な果実香を含む。口当たり柔らか。甘口もあるが多くは辛口。スプマンテとスペレオーレもある。

  • 生産量:530万本
  • 主生産者:Fontana di Papa(フォンターナ・ティ・パパ)、C.S.Colli Albani(C.S.コッリ・アルバーニ)、Volpetti(ヴォルペッティ)、Marconi(マルコーニ)

 

Orvieto (オルヴィエート)…ウンブリア州参照